白斑症と生活の質(QOL)|30年以上向き合ってきた私の実感

思春期に発症した白斑と、当時感じていたこと

白斑を患ってから30年以上が経ちました。発症したのは12歳、小学6年生で、まさに思春期の真っ只中でした。恥ずかしいという気持ちは確かにありました。なぜか当時通っていた中学校では、靴下を極端に短くするという謎の流行があり、折り返したり、ほとんど履いていないような状態が「かっこいい」とされていました。私は白斑があるため靴下を折ることができず、ファンデーションで隠すと靴下が汚れ、「お母さんみたいな匂いがする」と言われたこともあります。プールの授業はすべて見学でした。落ち込むほどではありませんでしたが、日常の中でのわずらわしさは強く感じていました。

社会に出てからの生活と、見えないストレス

その後、化粧品メーカーに就職し、美容部員として働くようになります。当時は白斑が衣服で隠れる場所にあったため、仕事や日常生活に大きな支障はありませんでした。ただ、旅行先での入浴や温泉など、人前で肌を見せる場面には強い抵抗感があり、できるだけ避けるようにしていました。表面上は普通に生活できていても、心の中では常に「見られないように」という意識がありました。

手の甲に広がった白斑と、生活の不便さ

生活の中で本当に大変だと感じ始めたのは、白斑が手の甲に広がり始めた頃です。メイクでカバーしても、手を洗うたびにタオルに色が付かないかとひやひやする毎日でした。そんな中で、ボディビルダーの方が使っているセルフタンニングに出会いました。特にコロナ禍では、手洗いや消毒を何度も行う必要があり、メイクはすぐに落ちてしまいますが、タンニングには何度も助けられました。

白斑症と生活の質、そしてこれから

ほんの少しの視線や、何気ない質問に心が削られる瞬間があります。子どもの学校で読み聞かせに行った際、「手どうしたん?」と聞かれ、「白くなる病気やでー」と軽く流しました。その場では気にしていないふりをしていましたが、内心では周りの目や空気を気にしてしまう自分もいました。
後になって、その様子を見ていた娘が心を痛めていたことを知り、「自分だけでなく、周囲にも気を遣わせてしまっていたのか」と感じたことを覚えています。

白斑症は、身体的な症状だけでなく、精神的なストレスや、人との関わりの中で生まれる気遣いも伴う疾患だと感じています。だからこそ、そのストレスを少しでも軽くし、白斑があっても日常を選びやすくするために、白斑専用化粧品(MELAFIL)を扱い、広めていきたいと考えています。

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